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2015.05.29 Friday

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2014.04.13 Sunday

日本に戻って

4月13日 日本に戻って3週間たった。あれだけ憧れていた日本料理も、当たり前になって感動も薄れて来た。遠くコロンビアでの2年間が夢の出来事のように思える。ミニ浦島太郎症候群になったみたいだ。怠けていると、どんどん時間が過ぎて行くような気がして、(年をとって行くような気がして)八尾の町で時間つぶしを探して廻る。コロンビアに行く前に通っていた、八尾の国際交流センターで、日本語を教えるボランティアを開始する。前回はインドネシアからきていたディアンさんだったが、今回はベトナムからの研修生のチュックさん。二人とも結構喋ることができる。
2014.03.21 Friday

追伸 帰国


3月20日 中間地のヒューストンで  
3日間過ごしたボゴタを離れ、5時間かかって午前5時過ぎに米国のヒューストンに到着する。ここで、6時間待機して、成田行きの便に乗る。ヒューストンの上空は見事に晴れ上がった青空で、この2年間見上げていたコロンビアの雲の多い空とは随分違う。
ヒューストン空港
ヒューストンの上空は久しぶりに見る青い空だった
空港の待合室で食べたパンやバターの味もコロンビアのものと随分違って、匂いが少ない。聞こえてくる言語も慣れ親しんだスペイン語から英語と代わり、時々聞こえてくる日本語も多くなった。ここから日本までの距離はコロンビアからとあまり変わらないが、確実に日本へ近づいた感じがする。後14、5時間で、やわらかい日本の空気の下に戻ることができる。暖かい白いご飯と納豆と味噌汁が待っている。東京へ戻ったら、帰国行事を済ませ、大阪に戻るのは25日になる。
2014.03.15 Saturday

カルダス大学植物園のヨタカとホルヘ(追加)

3月14日 昨晩最後の記事を書き終え、もうこのブログは、これで書き終えたつもりでいたら、珍しい鳥の写真を写すことが出来たので、もう1回記事を追加します。日本へ戻る荷物もほぼ作り終え、昼から近くのカルダス大学の植物園に散歩に行った。
大学植物園
植物園には昔から残る原生林がある。
温室で、一緒に白菜やトマトの水耕栽培をしたホルヘに別れの挨拶をする。何度も一緒に仕事をしたが、彼の話すスペイン語は分かりにくい。でもいつも親切に迎えてくれた。トマトも白菜も収穫には間に合わなかったが、見事に育っている。
ハルディンのホルヘ
日本トマトや白菜の水耕栽培を一緒に行ったホルヘと
温室から下った所にある平地の竹林の片隅で、オオヨタカの巣を見つける。オオヨタカは夜行性なので、夜になるとあちこちで鳴きだして活動するが、暗いこともあって、その姿はなかなか見つけにくい。
大学植物園のヨタカ
植物園の竹林で巣を守るオオヨタカの親
じっと動かないから、すぐに見つけるのは困難だが、人間の通り道のすぐ近くに巣を持っている
オオヨタカ
ヨタカの雛
巣の中のヨタカの雛、目つきがヨタカ独特だ。

ボタニコの蛙近くの茂みの中で、背中に卵を背負ったカエルもみつける。
大学の植物園の都会の中に少しだけ残った小さな林の中に、いろんな動物を見つけることができる。
 
2014.03.13 Thursday

最後の農作業

3月12日 マニサレスで生活するのも6日となって、今日はアレニージョのトゥリオラの畑で働く最後の日となった。トゥリオラの畑に県庁から紹介されたのは昨年暮れで、たった3月の野菜栽培だったが、予想以上に順調に育ち、播種した蕪、大根、チンゲンサイはほぼ完売した。今は2回目の栽培だが、3月初めから雨が降り続き、蕪の調子が今ひとつである。今日以降は手伝うことが出来ないので、何かあった時に少し不安だが、なんとか無事に野菜が育つことを祈るしかない。3週ずつずらして、蕪の種を蒔いて、コンスタントに蕪を販売する体制を作るため、今日は3回目の蕪の種まきである。トゥリオラは、好奇心旺盛の女性で、畑で働きながら、いろんな質問をしてくる。日本の文字、料理、折り紙、野菜などスペイン語で答えるのがなかなか難しい。でも勉強熱心で、畑の畝には独学で勉強した日本語で野菜の名前が書いてある。
野菜の漢字
どこで調べたのか、野菜の名前を漢字とひらがなで書いてある。
野菜の漢字
葉ネギなど教えていないのに
かぶの播種
トゥリオラの息子ホアンホセと一緒に、蕪の種を蒔く。
播種
ホアンホセは一人前のように、種まきを監視する
記念撮影
仕事を終えて記念撮影
蕪の種まきを終え、畑を一回りして、帰る準備をする。最後ということで、家族から別れの挨拶を受ける。この家族の日本野菜の販売がうまく行くことを願う。
全員で記念撮影
最後にゴンザレス家全員と記念撮影。
フェルナンドとトゥリオラに、次は何時来るかと尋ねられて、3年後と答えたけど、戻って来れるかどうか。我々が日本へ帰ってからは、空手教室のフレディさんが、ゴンザレス家と我々との連絡の世話をしてくれるようお願いした。
今日で2年間続いたマニサレスでの活動が終わった。後は、荷物を片付け、20日にコロンビアから日本へ戻るだけである。その準備とボゴタでの帰国研修で忙しくなるので、このブログもこれが最後の投稿です。駄文と下手な写真に長い間付き合って下さり、有り難うございました。
2014.03.10 Monday

ウテの山小屋

3月9日 ウテは30年前にドイツからマニサレスにやってきた。ドイツ語を教えながら、マニサレスの野鳥調査のグループの世話をしている。家が近いことや、野鳥観察の会で何度か一緒になるうちに話すようになった。ドイツ人と日本人は共に時間と約束を守るので、このコロンビアでは気が合うのだろう。コロンビア人のルーズさは、ワールドクラスだから。彼女も編集に携わった、マニサレス周辺の野鳥の本は、素晴らしい本だ。日曜日にウテのフィンカでのサンコーチョー作りに誘われた。これが最後のマニサレスでのお別れ会だ。オトーニョから野菜・鶏肉・果物を背負って、1時間程登ったところにある森の中に、彼女の山小屋”paz de vereda"があった。
山道を登って
荷物を背負って山道を登る。
paz de vereda
山道の茂みの中に”paz de vereda"の入り口がある。
今までいくつかのフィンカを訪ねたが、彼女のそれは他のものと全く異なる。他のフィンカは、ひらかれた芝生の上に、色とりどりの建物が美しさを誇るように建てられ、休日ともなるとラテン音楽がガンガン聞こえてくることが多いのに、”paz de vereda"は本当に静かだし、森の中にひっそりと建てられている。彼女の話しでは、15年前にこのフィンカを購入した時は木も伐採されていて、ただのパスト(牧草地)だったらしいが、彼女が植林して今の森ができたらしい。
バルコニーからの眺め
バルコニーから庭を眺める
呼び鈴もキツツキだ
山小屋の呼び鈴もキツツキだ
山小屋
庭から山小屋を眺める
山小屋の中は、ベッド、トイレ、洗い場があって実に機能的だ。いろんな種類の木を植え、ハチドリのえさ場も作ってあるので、やってくる鳥の数も多い。
ハチドリ
えさ場にやってきたハチドリ
雨が降る前に、サンコーチョスープを作るため、火を起こし始める。
火を起こす
たきぎが湿っていて、なかなか火が熾きない。サンコーチョーの気配を察して、隣のフィンカからやってきた犬
サンコーチョー作り
お湯を沸かし、ユカ、ジャガイモ、食用バナナなどをどんどん掘り込む
今日は鶏のサンコーチョー
2時間ほどかかって、鶏のサンコーチョーが完成、あっさりしているのでいくらでも食べられる
食事を終えて、
食事が終わって、つかの間の晴れ間になる。
食事が終わったら、ハンモックで昼寝をする。お腹も膨らみ、静かで心地よい時間が過ぎて行く。いつのまにか雨が降り出し、帰りは冷たい雨に打たれながら山道を戻ることになったが、満足な一日だった。ドイツ人がいかに森を大事にするのかが、少しわかったような気がする。
 
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